交通事故の死亡逸失利益とは?生活費控除率とその計算方法
目次
一口に交通事故での「損害」といってもさまざまです。
もし、不幸にして交通事故の被害者が亡くなってしまった場合、被害者の遺族は、被害者が生きていたら得られたであろう収入を損害として受け取ることができます。しかし、その計算方法は少々複雑なものになっています。
また、被害者が専業主婦だった場合や、学生だった場合など、様々なケースが予想されます。
今回は、そのような「死亡逸失利益」について詳しく解説します。
1.交通事故によって被害者に生じる「損害」とは?
本題に入る前に、交通事故によって生じる「損害」について、基本から確認していきましょう。
交通死亡事故で発生する損害には、大きく分けて「財産的損害」と「精神的損害」の2つがあります。
1−1.財産的損害
財産的損害は、さらに「積極損害」と「消極損害」に分かれます。
「積極損害」とは、入院治療費や葬儀代などのように、現実の出費を伴う損害のことをいいます。
一方、「消極損害」とは、被害者が生きていれば得たはずの給料等、本来得られたはずの利益が得られなくなってしまう損害のことをいいます。
これが今回のテーマである「死亡逸失利益」です。
1−2.精神的損害
精神的損害とは、交通事故によって被害者に生じる精神的苦痛を金銭に見積もったものです。要するに「慰謝料」のことです。
1−3.被害者が死亡した場合
交通事故の被害者は、加害者(通常は加害者が契約している損害保険会社)に対して、交通事故によって発生した「損害」の賠償を求めることができます。
しかし、不幸にして被害者が亡くなった場合、損害賠償の請求権は相続の対象となります。
つまり、相続人が加害者(損害保険会社)に対して、損害賠償を請求できることになるのです。
2.具体例をもとに死亡逸失利益を考える
死亡逸失利益とは、「被害者が生きていれば将来得られたであろう収入」です。
しかし、被害者が亡くなってしまった以上、将来得られたであろう収入など証明できるはずがありません。
そこで、どんな場合でも死亡逸失利益を算定できるよう、一定の計算方法が存在するのです。
ここからは死亡逸失利益の算定方法がイメージしやすいように、具体的な事例をもとに解説します。
【事例】
Aさん(40歳・男性)が帰宅途中に交通事故に遭い、病院に搬送されたが当日中に亡くなった。
メーカー勤務のAさんは年収600万円。Aさんには専業主婦の妻と小学生の長男がいる。
この事例で、Aさんが定年までメーカーに勤務して得たであろう収入が「死亡逸失利益」です。
一般的には60歳~65歳あたりを定年とする企業が多数ですが、死亡逸失利益を算定する場合は、原則として「67歳まで就労する」という前提で考えます。
Aさんは40歳で亡くなっていますので、67歳まで「あと27年間就労できたはず」と考えます。
では、Aさんが67歳まで現在の年収で勤務するとして、死亡逸失利益が「年収600万円×就労可能年数27年=1億6,200万円」になるかというと、これは間違いです。
2−1.死亡逸失利益の算定は単純ではない
なぜ、先ほどの「年収600万円×就労可能年数27年=1億6,200万円」が間違いかというと、死亡逸失利益を計算するうえで、次の点も考慮しなければならないからです。
①生きていくためには生活費がかかる
人間は飲まず食わずでは生きていけません。
仮にAさんが67歳まで就労し、1億6,200万円の収入を得たとしても、実際には家族を養っていくために居住費や食費などの生活費がかかります。常識的に考えても、27年後に1億6,200万円の収入が手もとにそのまま残っていることはないでしょう。
つまり、Aさんが将来得るであろう収入から、将来の生活費等を控除しなければなりません。
②受け取った賠償金を利殖すると利息がつく
Aさんが将来得るであろう1億6,200万円は、本来なら毎年600万円ずつ給与として受けるもので、一括で手に入るはずのない金銭です。
もし、遺族が1億6,200万円を一括で受け取り、その後27年間にわたって運用したらどうなるでしょう。
仮に年利1%~2%程度で運用しても、27年間に数千万円もの利息がつき、本来、得られたはずの収入をはるかに上回る収入を得てしまいます。
つまり、将来の収入を一括して前倒しで得る代わりに、賠償金が生み出す将来の利息をあらかじめ控除しなければなりません
3.死亡逸失利益の算定方法は公式化されている
上記のような問題点を解消するために、実務上、死亡逸失利益の算定方法は次のように公式化されています。
死亡逸失利益= ①基礎収入×(②1-生活費控除率)×③就労可能年数に対するライプニッツ係数
この計算式を眺めても何のことだか分からないと思いますので、①~③を一つずつ解説しましょう。
①基礎収入
基礎収入とは、被害者が交通事故で亡くなる直前1年間の収入を指します。
たとえば、サラリーマンのような給与所得者であれば、源泉徴収票や課税証明書などによって死亡直前期の収入を証明することができます
なお、Aさんの遺族としては「これから会社で出世して、もっと給与が上がる可能性があった」という異論があるかもしれませんが、将来的に賃金が上昇する可能性は原則として考慮されません。
もちろん、例外もあるわけですが、ひとまずAさんの基礎収入は「600万円」としましょう。
② (1-生活費控除率)
先ほど説明した、将来の生活費等を控除するための処理です。
もっとも、生活費としてどの程度支出するかは、家族構成やライフスタイルによって大きく異なります。
そのため、実務上は、被害者の家族構成などによって一律の控除率を適用しています。
事例のAさんは世帯主であり、扶養する家族が2人ですので、生活費控除率は「30%」とされます。
③就労可能年数に対するライプニッツ係数
ライプニッツ係数とは、一括前払いした賠償金が将来生み出す利息を控除する処理です。
しかし、将来の利息を控除するための計算は非常に複雑です。
そこで、いちいち計算しなくて済むように、「就労可能年数が○年の場合には、この数字を掛け合わせてください」という係数をあらかじめ用意しているのです。
事例のAさんは就労可能年数27年ですので、ライプニッツ係数は「14.6430」です。
ちなみに「ライプニッツ」というのは数学者の名前です。
ライプニッツ係数についてはこちらの表を参照してください。
就労可能年数とライプニッツ係数表(国土交通省ホームページ)
また、死亡逸失利益の計算は、「損害額の算定」ページでも紹介しています
3−1.Aさんの死亡逸失利益額
先ほどの計算式にAさんの基礎収入、生活費控除率、就労可能年数に対するライプニッツ係数を代入すると、死亡逸失利益は次のようになります。
基礎収入(600万円)×生活費控除率(1-0.3)×就労可能年数に対するライプニッツ係数14.6430=6,150万600円
つまり、Aさんが67歳までの27年間で得るであろう収入(1億6,200万円)を、現在の適正金額に修正すると「6,150万600円」になる、ということです。
4. 死亡逸失利益が死亡慰謝料を上回る場合も
一方、慰謝料とは、被害者が交通事故によって被った精神的苦痛を金銭に見積もったものですが、被害者によって事情がまちまちですので、個別の事情を考慮して算定するのは現実的ではありません。
そこで、日弁連交通事故相談センターでは「交通事故損害算定基準」を設け、慰謝料の算定が公平にできるよう定額化しています。
これによると、主に世帯収入を稼ぐ世帯主が死亡した場合の慰謝料は、2,700~3,100万円(ケースバイケースで増減します)となります。
Aさん家族も、主にAさんが世帯収入を得ているので、慰謝料は2,700~3,100万円程度になるでしょう。
もちろん、被害者の基礎収入や就労可能年数にもよりますが、Aさんのように死亡慰謝料よりも死亡逸失利益が高額になるケースもあるのです。
5.収入がない場合
Aさんのようなサラリーマンであれば収入の証明が容易ですが、交通事故の被害者が「専業主婦で収入を得ていない」あるいは「まだ高校生なので働いていない」という場合にはどうなるでしょうか。
このような方々の場合、「収入を得ていない」という理由で基礎収入を0円にしてしまうと、死亡逸失利益も0円になってしまいます。
主婦や学生が亡くなった場合に「逸失利益がない」という結論になるのはあまりに不条理といえるでしょう。
そこで、実務上は収入がない場合でも死亡逸失利益が算出できるようになっています。
5−1.専業主婦の場合
死亡した被害者が専業主婦であった場合には、死亡した年の「賃金センサス」をもとに基礎収入を算出します。
「賃金センサス」とは、厚生労働省が公表している「賃金構造基本統計調査」のことです。
被害者と「同じ性別」、「同じ年齢層」の人々の平均的な賃金をもとに、被害者の基礎収入を仮定するのです。
5−2.パート主婦の場合
パート収入を得ている主婦が亡くなった場合はどうでしょう。
たとえば、月額3万円のパート収入を得ていた主婦が亡くなった場合、基礎収入を36万円(月額3万円×12ヶ月)とすると、専業主婦より死亡逸失利益が少なくなってしまいます。
そのため、パート収入のある主婦が死亡した場合には、「現実のパート収入」と「賃金センサスによる賃金」を比較して、金額の高い方を基礎収入とします。
5−3.学生の場合
被害者が学生の場合、そもそも同年齢の人が社会で働いていないため、賃金の指標がありません。
そこで、賃金センサスをもとに「同じ性別」の「全年齢」の平均賃金を基礎収入とします。
なお、被害者が現に大学生である場合や、高校生でも大学進学の可能性が高い場合には、「大卒者」の全年齢平均賃金に基づいて基礎収入を算定することもあります。
6.交通事故による損害の算定は難しい
高齢者が被害者となった場合や、自営業者で公的な所得の証明が難しい場合など、死亡逸失利益の算定が困難なケースは他にも多く存在します。また、被害者に落ち度がある場合には、その分だけ損害賠償額から減額する処理も必要になります(これを「過失相殺」といいます)。
加害者(損害保険会社)は賠償金を支払う側ですので、どうしても賠償額を引き下げるようという心理が働き、客観的にみて公平な提示がされるとは限りません。
まずは多数の事件を取り扱い、経験を積んだ弁護士にご相談することをおすすめします。
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